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U-Turner's Journal @Toyama

富山にUターンしてきました。

【読書記録】レイヤー化する世界-テクノロジーとの共犯関係が始まる(佐々木俊尚)

中世から近代までの統治形態・社会システムをなぞりながら、現代の社会システム(国民国家・民主主義)は普遍的なものでも永続するものでもないことを指摘し、国家という枠で「ウチ」と「ソト」が分けられた世界がインターネット等の登場により複数の「場」が支配する「レイヤー」によって構成される社会に変わりつつあることにスポットを当てている。

 

中世以降登場した国民国家という制度は、世界をウチとソトに切り分ける仕組みだという指摘はなるほどと思いました。

ヨーロッパがつくった近代の世界システムは、四つの要素から成り立っています。

 国民国家であること。

 国民国家のウチの結束を固め、強い軍隊を持つこと。

 国民国家のソトを利用し、経済を成長させること。

 そして国のウチでは、民主主義で皆で国を支えていくこと。

これは、ソトがあるからこそ成り立つシステムだったのです。

 

日本の経済システムはまさにこの指摘のとおり。世界中から資源を輸入し、国内で加工して製品を輸出して経済を成長させる。加工貿易で生み出した富を再配分して「国民」を養っていく。

 

20世紀の企業は、ほぼ国境によって活動範囲が決まっていて、企業の利益はそのまま税金等を通じて国家の利益になった。企業が海外に進出して製品を売れば、それがそのまま国益になっていた。

 

ただ、今やインターネットの発達と交通ネットワークの発達は、このウチとソトの関係を崩しつつある。

 

その気になればどこにいても世界中の誰とでも連絡を取り合うことができるし、どの国に工場をおいても世界中に輸出ができるようになっている。日本の名だたる製造業にしたって、だいたいは中国や東南アジアに工場を建てていて、国内で雇用しているブルーワーカーは限れらている。

 

アップルやグーグルはアメリカの企業と思われているけど、税金が安いところに売り上げを集め、アメリカにはほとんど税金を払っていない。こういう超国籍企業は、すでに国家のウチとソトという枠を離れ、世界に広がる1つの市場という<場>のプレイヤーになっている。

 

国境という縦の仕切りで、国が自分の支配する範囲を決められた世界から、超国籍企業を中心に、多様な主体がそれぞれの<場>を持ち、それぞれが支配する<場>によって作られる多重のレイヤー構造の世界に変わってきている。

 

本書の副題"テクノロジーとの共犯関係が始まる"とはこういうレイヤー化した世界を、所与のものと考え、それをむしろ活用して行こう、という態度のこと。もはや国境のウチとソトで仕切られる世界に戻ることはできない。

 

今や、企業の利益と国益はもはや一致しなくなっていて、昔ながらの殖産興業とか、護送船団方式とかでは、政府は国益を達成することはできなくなりつつある。

 

ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代もあったけど、これからは「日本」というくくりに意味はなくなるんだろう。レイヤー化した世界の中では、日本は単一のプレイヤーではなく、あくまで企業が活動するためのプラットフォームの1つに成り下がっているように思う。これからの政策は、自国のプラットフォームと他国のプラットフォームの競争と捉える必要があるんだろう。

 

本書の筆致は平易で読みやすいけど、内容はとても示唆深い。