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U-Turner's Journal @Toyama

富山にUターンしてきました。

東電vs新潟県知事「お金と安全どちらが大切か」

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20130705-00000031-jnn-bus_all

経営の起死回生のために、一刻も早く新潟県の柏崎刈羽原発を再稼働させたい東京電力は2日、安全性の審査を申請すると発表。かたや地元・新潟県知事は、その意思を頭越しに表明されたと反発する事態となっています。「再稼働」に焦る東電と「地元軽視だ」と反発する知事。

5日、両者が直接会談に臨みました。 

フラッシュを浴びる2人。口火を切ったのは泉田知事です。 

「お金と安全と、どちらが大切ですか」(新潟県 泉田裕彦知事)

(以下略)

 

いっとき、「そんなに安全なんだったら東京に原発作れ!」なんて話がありましたけど、原発って本当に絵にかいたようなNIMBYだなぁと思います。

 

NIMBYとは”Not In My Back Yard”の略で、(施設の必要性は認めるが)「うちの裏庭には来ないで」と自分の近くにくることを忌避することです。原発以外でも、ごみ処分場とか基地とかもそうなりがちと言われています。

 

この手の話が複雑なのは、原発が再稼働することで受益がある人(主として首都圏の人)と受苦がある人(主として柏崎と刈羽の人)が空間的・時間的に分離していること。ごみの処分場だって、自分が出すごみを焼却する施設が庭にあるのを嫌がる人はそんなにいないと思います。

 

たとえば、(もし事故が起きたらどうするか等のリスク管理をまったく度外視して)原発を東京においたら、同じ原発立地地域の知事であっても対応は少し変わってくるだろうと思います。

再稼働して電気料金が下がれば、その受益圏は原発立地地域に一致するし、逆に事故が発生したときに被害を受ける人も受益者とほぼ一致する。こうなれば、原発を再稼働すべきかどうかは、リスクを含め、受益と受苦を比較して判断することになる。

結果、電力が多少高くても、CO2をちょっと多く出しても原発を動かすべきでない、と判断するのであれば、それほどの問題にはならないと思います。

 

今回の場合は、東電は事業者として当然のリスクを負うにせよ、首都圏の人的には柏崎刈羽の安全性は自分たちの生活とは直接関係しない(受益圏に受苦がない)。

一方で、新潟県知事的には柏崎刈羽原発が動こうと動くまいと新潟県の電力供給にはなんの影響もないし、廃炉にならない限り固定資産税は入ってくるし、再稼働に対するインセンティブはない(受苦圏に受益がない)。むしろ、反対すればするほど「地域の安全を守る知事」として地元の評価は上がるわけで、ここで反対しない手はない。

 

東電が原発を再稼働させようとするのは、それが会社の利益になり、(首都圏の)消費者の利益になり、巡り巡って福島原発の被災者への賠償資金になるという意味では全く当然のことだし、新潟県知事が一文の得にもならないどころか地域にリスクのみをもたらす再稼働に反対するのも当たり前のことだと思います。

 

 東電に誠意がないとか、新潟県知事のエゴだとかではなく、受益圏と受苦圏が分断されている以上、構造上、絶対にこういう争いになる。

 

新潟県知事には法令上運転を拒否する権限がない中で、この争いが最終的にどう決着するのか、とても興味があるところ。