読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

U-Turner's Journal @Toyama

富山にUターンしてきました。

世代間格差を嘆いてもしょうがない

 ちょっと前の話で恐縮ですが、経産省出身のブロガーうさみのりや(@zettonu)氏が団塊世代勝ち逃げについてこんなことをつぶやいていました。

 

よく、団塊の世代やそれ以上の世代に対して「勝ち逃げ」「逃げ切り」という言葉が使われます。現在おおむね60歳以上のこれらの世代は、現役時代に負担が薄く、高齢者になってからの給付が手厚いまま死ねる(裏を返せば、それより下の世代は重い負担に比して給付はカットされそう、という予想があるということ)という趣旨ですが、現役世代の恨み節としてはとても理解するし、僕も同感ではあります。

 

f:id:u-turner:20141218132946j:plain

世代間格差の現状と課題」(2009年小林庸平氏)より

 

ここ1,2年ほど「世代間格差」という言葉が話題になっています。その主張の大きなものは医療・福祉(年金も含む)の問題です。日本は賦課方式(その時点にお金を稼ぐ力がある人がその時点の給付の費用を負担する方式)をとっているため、世代によって負担する額と支給される額の差が大きく異なってしまっています。高齢者が少なくて現役世代が多ければ1人が負担する額は少なく、高齢者が多くて現役世代が少なければ1人が負担する額が多くなるため、1940年代生まれとと2010年代生まれではその差は6000万円に上るという試算*1もあります。

この世代間格差とセットで議論されることが多いのは「シルバーデモクラシー」です。日本は若年層の投票率が低く高齢者層の投票率が高いため、若年層向けの政策よりも高齢者向けの政策のほうが選挙の票に結び付きやすい。このため、政策が高齢者向けに偏っている(=高齢者に手厚い給付がなされ、現役世代の負担が重い)、というもの。

一時はネット上でしか話題になっていなかった世代間格差という言葉は、今やマスメディアでも取り上げられるようになっていますし、一昨年の税と社会保障の一体改革でも重要キーワードになっていました。政治的にも、しばらくは重要な視座であるのは間違いないと思います。

 

ただ、よくよく考えると、もやは世代間格差を是正するとかしないとか、そういう次元でないところに日本は来ているのではないか?という風に僕は最近考えるようになりました。

 

例えば、今、ドラスティックに世代間格差を是正するならば高齢者向けの給付をカットし、それを若年層に配分する、ということになると思いますが、実際の問題としてそういうことが可能でしょうか?

厚生年金の平均支給額はH22で月約15万円ぐらいだそうですが、特別養護老人ホームや老人保健施設のような介護施設に入所する場合、家賃相当分で月6万円程度、食費で月4万円程度、さらに介護サービスの自己負担でさらに2~4万円程度(要介護度によって異なります)が毎月とられていくことになります。これ以外にも病院に行けば別途医療費がかかりますし、いったん介護が必要な状態になってしまうと、生きているだけで年金は吹っ飛んでしまう計算です(いわんや平均支給額5万円程度の国民年金をや)。

世代間格差論的には優遇されている高齢者だって、給付をカットしたらキャッシュフローだけでは生活ができない*2ような状況にいるのです。

 

とはいえ、「そんなことを言ったって、たくさん費用を負担している俺たち若者は不公平じゃないか。じいちゃんばあちゃんなんてどうでもいいから、俺たちにちゃんと給付してくれ」という反論も聞こえてきそうです。

それはご尤もなんですが、世の高齢者を見捨てて本当にいいのか?というとそういうわけにはいかないだろうと私は思います。仮に給付をカットしたとして、介護が必要な高齢者を放置しておくことが社会福祉的にできるでしょうか?結局、そういう高齢者は行政が生活保護として面倒を見てあげないといけないので、年金や介護給付の費用が生活保護の費用につけかわるだけ。結局現役世代の負担になるのは避けられません。*3もし本当に世代間格差を解消しようとするなら、今すぐ姥捨て山政策を法制化するほかないのでは?と思います。僕はそういう国には住みたくないですけどね。

逆に、自分の両親・祖父母だって、今は元気でもいつかは要介護状態になるかもしれませんし、そうなったときに「社会保障ではこれ以上は支えられません。ご家庭で対応してください」と言われると相当しんどいところがあるのではないでしょうか。「田舎に両親を残して東京でバリバリ仕事をしているあなた、ご両親のために仕事を辞めて田舎に帰りますか?」ということです。すべての人が自分のキャリアをなげうってそういう選択ができるとは限らないと思います。

不公平を嘆き、現に高齢者に給付されているものを奪ったところで、実際に発生している高齢者の医療・介護のニーズが減るわけではないため、結局は現役世代が巡り巡って負担するのは避けられない。言い方はよくないですが、日本経済にとっては高齢者の社会保障費用は確定した“負債”なんです。

 

2010年時点で日本の65歳以上の高齢者人口は約3000万人、総人口に占める割合は2割を超えています。50年後の2060年にはこれが3500万人になり高齢化率は40%になるといわれています。日本の置かれた状況は、もはや高齢者と若者の格差をどう改善するかというパイの奪い合いの問題ではなく、これからますます増えていくことが確定している“負債”をどうやって処理していくのかという"不良債権問題"と考えるステージにあると認識したほうがいいと思います。この負債をいかに圧縮するかを考えていかないと、世代間格差の本当の意味での解決はできないのではないでしょうか。

*1:内閣府経済社会総合研究所「社会保障を通じた世代別の受益と負担

*2:もちろん持ってる人は現役時代の資産があると思うので、そこまで政府が守ってやるべきか?という議論はあると思います。

例えばmアメリカの高齢者向け公的保険のメディケアは100日までしか給付がなく、101日目以降は自己負担になっています。自分の資産を使い尽くすと貧困層向け公的保険のメディケイドから給付が受けられるようになっており、政府は資産までは守ってくれない。

*3:さはさりながら、財政が耐え切れなくなってカットせざるを得なくなる事態はありうると思います。それにしたって貧困者は現役世代が支えざるを得ない。