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U-Turner's Journal @Toyama

富山にUターンしてきました。

その仕事の延長線上にいったいどういう将来があるのか

小泉元総理が即原発ゼロを主張し、記者会見まで開いて暴れてますが、この会見でちょっと気になったのが、次の言葉。*1

政治が一番大事なのは、方針を示すことだ。「原発ゼロ」という方針を政治が出せば、必ず知恵のある人がいい案を出してくれる、というのが私の考えだ。「原発ゼロ」に賛同する専門家、文部科学省、環境省、官僚、識者を集めて[…]専門家の知恵を借りて、その結論を尊重して進めていくべきだというのが私の考えだ。 

 
小泉純一郎 元首相 2013.11.12 - YouTube

 

確かに、方向性を示すのが政治だというのはまさにその通りだと思います。政治家が個別の技術論に踏み込むのはだいたいは悲劇の始まり。*2

 

さて、今日、僕が言いたいのは、原発の是非とか、政治主導かくあるべし、とかではなく、トップの決めたことを実現させるために知恵を使う"エンジニア"だった自分の話だ。

僕は大学を卒業後、国家公務員になった。いわゆるキャリア官僚というやつだった。

官僚の世界は完全な上位下達なので、部下は上司の意向を最大限斟酌し、上司の進みたい方向で業務を進めることになる。

ここで言う「上司」とは、役所の中の上司だけではない。落下傘で降りてくる大臣なども当然含まれるし、広く見れば、査定権や審査権がある財務省や法制局もある意味では上司的存在とみることができる。なにせ、彼らにヘソを曲げられたらどうにもならないのだから。

 

とはいえ、上司も全知全能の神ではないので、時にチンプンカンプンなことを言ったり、理屈に合わないことを指示したりする。それに、上司と部下で利害が異なる場合もある。

こういう時は、最大限上司の意向を聞いたフリしつつ、「いやー、ここまではやったんですけど、ここが限界ですわー。第二案としてこんなのを考えたんですけど・・・」と精一杯やったアピールをしてご機嫌をとりつつ、自分が持っていきたい方向の腹案を出す。

そうすると、上司から見ると自分の言うなりに動いてくれる部下を見て溜飲が下がるし、対案も出てくるので非常にありがたい、となるわけ。

 

ただ、こういう「軌道修正」ができるのは上司の方針が定まり切っていないときに限られる。冒頭の小泉元総理のいうような「政治が出す方針」はまっとうなルートでは軌道修正されることはない。その政治が出した方針が、一見するとあまりに理屈に合わないことや、今まで行ってきたことと不整合なことだったりしても、止めることはできない暴走列車だ。

こういうときは、担当者としてかなりつらいけど、一方で一番のウデの見せ所でもある。

一見、道理に反しているように見えることを、ありとあらゆる屁理屈を使って、正当化する。前例を徹底的に調べ、過去の事例とのほんのわずかな相違点を逆手に取り、そこを起点に新しい理屈を展開する。それも、既存の理屈を否定することなしに。

こういう作業は、難解なパズルを解く作業に似ている。ある意味、知的なゲームだ。僕はこういう”屁理屈”を考えるのが得意で、使い勝手の良い便利な”エンジニア”であったと思う。

そして今の政治と行政はかつての僕のようなエンジニアたちが生み出す屁理屈によって表面上は整合的に動いている。一見解のない方程式に、自分の力で無理やり解を生み出す仕事は、ある意味ではクリエイティブだし、知的ゲームとしても、とても楽しかった。その屁理屈で世の中が動いていくのも悪くない気分だった。

 

ただ、ある日僕が思ったのは「いつまで自分はエンジニアでいるんだろうか?」ということだった。来る日も来る日も、ムリ筋案件を外向けに立っていられるように屁理屈でお化粧する仕事をして、この先にいったい何があるんだろうか、と思った。知的ゲームとしては楽しめる無理難題も、その前提にある上に決められた方針は本当に正しいのか?と考えると、すべてに同意できたわけでもなかった。

器用なエンジニアとしてそれなりにかわいがられていたとは思うけど、「屁理屈考えるマシーン」としてこれからもずっと役所で生きていたいのか?と思うと、それを是認するほど組織に忠誠心もなかった。

そして僕は役所を辞めた。

 

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知恵を使い、体力を使い、全力で取り組む仕事は、大局的に見た是非はさておき、それ自体がゲーム的に面白い、という場合が往々にしてある。そういう仕事をすることで基礎的なビジネススキルが身に付くという点は僕自身も肯定的に考えています。ただ、先日のコモディティの話にもつながりますけど、その仕事の延長線上にいったいどういう将来があるのかは、一人一人がしっかり考えないといけないことだと思います。

僕の話をすれば、役所の仕事自体はすごく面白かったし、能力もストレッチしてもらったので今もとても感謝しているけど、組織の考えと自分の理想に乖離があるように感じられたし、自分のポジションの延長線上には「こうありたい自分」はないように感じられた。

もちろん、組織の考え方と自分の考え方ががっちりマッチしていればそうは思わないだろうし、そこは人によります。今の役所で大活躍している同期は率直に尊敬するし、頑張ってほしいと思ってます。

 

ただ、僕が言いたいのは、(どう思うかは当然に人それぞれなんだけれど)それぞれの組織で大活躍中・楽しく仕事をしている人も、一度、現在の立ち位置とその延長線上にあるものが、自分の理想とどういう位置関係にあるかを考えたほうがいいのではないか、ということです。

*1:書き起こしは池田信夫BLOGから引用しました

*2:僕はものすごく原子力に詳しいんだ」なんて仰っていた方もいらっしゃいましたが…