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U-Turner's Journal @Toyama

富山にUターンしてきました。

『なんで官僚辞めちゃったんですか?』の理由(①肩書に左右されない”個人”として生きたかった)

国交省退職1周年記念ということで、最近聞かれることが多くなってきた『なんで官僚辞めちゃったんですか?』の理由を備忘録的に書くことにしました。

 

長文になったので分割しております。前の記事はコチラ

 

『なんで官僚辞めちゃったんですか?』に対する答えは自分の中にはいろいろあります。役人として積んできたそれまでの経験や自分なりに社会を見てきたなかで考えたことなどが複合的に重なって出来た結論、というのが正直なところです。いい機会なので、頭の整理も兼ねて、理由を1つずつ解きほぐしていきたいと思います。

以下、整理の都合上、理由①とか②とかとナンバリングしていきますが、数が小さいから主たる理由だということはなく、順不同に記載しております。

 

理由①:肩書に左右されない”個人”として生きたかった

まあ当たり前っちゃあ当たり前なんですけど、霞ヶ関で仕事をしてるとホントいろんな公務員の方と仕事します。国家公務員だけじゃなくて、県や市の方ともかなり濃密に付き合うことになる。

最近改めて思いますけど、公務員っていうのは本当に変わった性格の方が多いです。

 

上司と部下、入省年次の早い人遅い人、査定する人される人、協議する人受ける人、、、仕事をしてれば、どんな関係にだって立場の強い弱いが出てきます。こういう時に「待ってました!」とばかりに信じられないような横柄な態度とか尊大な態度とかをとったりする人がいる。*1

そういう人を見るにつけ「あんたそんな態度、家族や友達にもできるわけ??」といつも疑問に思ってました。相手の立場が弱かったら何を言ってもいいと思ってるのかと。

役所にいると○○係長とか○○課長補佐とか○○企画官とか、それなりの肩書がついて、年次主義も相まって、まるで自分がスゴイ人材であるかのような錯覚を覚える。そういう錯覚が、意識的か無意識にかはさておき、態度に出てしまう人がいるんだろう。

 

これは国家公務員でも地方公務員でも同じだけど、自分がたまたま与えられた官職を自分の実力だと錯覚している人間って結構いると感じていて、それってとてつもなく”痛い”ことだと思う。○○係長とか○○課長補佐とかの肩書が通用しない、知り合いも全くいないところでその人が役所の中と同じ態度をとれるか、といえば絶対に取れないだろう。

それを見て僕はこう思ったのだ。

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と。

 

前編にも書いたけど、総事業費3兆円のプロジェクトの事業化に関わった時は、すごく達成感があったし、自分もひとかどの人物になれたんじゃないかと思った。

だけどよくよく考えれば、自分は40年積み重ねられてきたプロジェクトのうちのたかだか数年にしか関わっていなかったわけで、自分が一から積み上げたわけではなかった。あくまでポストありきの成果だった。

いい経験だったのは間違いないけど、それで自分が官僚としてすごい存在になったかと言えば錯覚でしかなかった。役所の中だけで尊大なおっさんとなんら変わらなかった。

その時に強く感じたのは「ポストに関係なく、自分の能力そのもので評価される人間になりたい」ということだった。

 

いい風にいうと、国土交通省は「積み上げの文化だと思っています。半世紀も前から少しずつ少しずつ計画を進めていく。本省も出先も含めて、その積み重ねが今の国土になっている。これは本当にすごいことだと思う。

でも一方で、そういう組織の中で自分の能力一本で何かをやっていくというのは、かなり難しい面もある。予算規模も大きく、社会への影響も大きい以上、一個人の意向で右に行ったり左に行ったりすることは不健全ともいえる。

 

このままコツコツと仕事を積み重ねていって組織として成果を出す生き方をするのか、それとも外に飛び出して自分を前に出して仕事をする生き方にするのか。

どちらがいいというよりは、考え方の問題だったけど、僕は最終的には肩書に左右されない”個人”として生きたいと思った。日本のどこでだって、世界のどこでだって「俺はこんなことができる人間やで!」と言えるようになりたい、という思いの方が強かった。

 

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前後編ぐらいで終えるつもりだったのですが、長くなりそうなので分割します。

 

もう少し続きます。

 

『なんで官僚辞めちゃったんですか?』の理由

理由その0:理由の前に、自分の職務経歴

理由その1:肩書に左右されない”個人”として生きたかった

理由その2:インフラは”つくる”だけでは勿体ないと思った

理由その3:(気が向いたら書きます)

*1:もちろんそんな人ばかりじゃなくて、人格者もいますよ。