「雇用のミスマッチ」なんて存在しない

介護と建設分野で人材不足が深刻な問題になってきている。

介護系サービスでは、いままでと同じ条件だと職員が確保できなくなってきているとも聞いたりする。

 

「じゃあ人材確保のために賃上げしましょう」となるかというとなかなかそういう風にもならないのが世の中の難しいところ。

新規採用のために給与条件を上げると今までのスタッフの給与もあわせてベースアップすることになるし、一度ベースアップとなれば市場環境が悪化しても切り下げることは容易ではない。

私のようないち労働者からすればベースアップさま様だけど、経営的には判断に苦しむ問題だったりする。

 

特に医療・介護業界は商品価格が行政に決められた公定価格なので、短期的な人件費の変動を価格に反映させることができない。次の公定価格の改定で「人件費が上がった分が価格に反映される」という確証が無い中では、職員の処遇改善にはシビアにならざるを得ないというのが正直なところだろう。

(介護職員の処遇改善とキャリアアップは業界最大の課題なのだが、今日の本題でないのでとりあえずのところ触れないことにする)

 

こういう話を聞いていると、新卒採用市場も学生優位の「売り手市場」なのかと思ってしまうけど、実際の就職戦線はなかなか難しいようだ。

僕の知り合いにもなかなか内々定がでず、20社、30社とエントリーして貴重な大学生活の最後を就職活動に費やさざるをえなかった人は数多いし、就職浪人したという人も珍しくない。

 

ちょっと前にはリクナビが「ホラホラ、同世代の就活生はあと⚪︎⚪︎件エントリーしてるよ。きみももっとエントリーしなきゃ内定とれないよ、ホラホラ」みたいな煽り方をしてかなり話題になりましたが、世の中がこんなに人材不足と喘いでいる中で、方や就職したくても就職できない人間がたくさんいるというのも、直感的には違和感がある。

 

方や、人材が確保できず、方や就職先が決まらないという現象は、”雇用のミスマッチ”と呼ばれる。求人ニーズと求職ニーズが、業種・業態や採用条件等が原因でマッチングしていない。

超古典的な経済学で言えば、需要過多になったときには市場価格が上昇し、供給が増える。その結果、需要と供給が均衡する、ということになる。昨今の人件費の上昇もそういう市場原理が働いた結果であるのは間違いない。

 

とはいえ、最近考えるのは、給与アップという経済誘引だけでこの人材不足は解消するのだろうか?ということだ。

究極的には成り手がいなければ市場価格はどんどん上昇していくだろうが、冒頭述べたように、例えば介護職にしたって、公定価格下で、また、財政制約の中で、破綻なく受給のミスマッチを解決することは相当に難しいんじゃないだろうか。 

 

このことを考えるとき、数年前に仕事で行った、ドイツのコンテナターミナル運営会社へのヒアリングを思い出す。

日本では、コンテナのオペレータは職人の世界みたいな感じになっているが、ヒアリング先のハンブルク港では、荷役作業の大部分は機械によって自動化されている。

港湾労働者と言えば労使関係が大きな問題になりがちというイメージがあるので、「コンテナターミナルを完全機械化したら港湾労働者の仕事がなくなってしまうが、港湾労働者のから反発がなかったか?」という素朴な疑問をターミナル会社にぶつけてみた。

 

相手からは、こんな答えが返ってきた。

今時の若者は港湾労働者になりたがらない。人手が足りなくなるのを機械化でカバーするのは当然のことで、労働者から反発なんてない

 

要するに、人の志向は時勢によって変わってしまうもので、ターミナル内でコンテナを右から左に動かすのを仕事にしたいと思う人はもう増えないだろう、ということだ。そういう前提に立って、どうすれば生産性を維持できるかを考えた結果が、機械化・自動化だった。

もちろんこれはあくまでヒアリングという平場の話であり、本音のところなのかはわからないのだけど。 

 

ただ、このターミナルと同じことが最近の日本の労働市場にも言えるんじゃないだろうか。もはや「人手不足」と「無い内定」は全く別の問題になっている気がしてならない。

「私、広告関係がやってみたいんです」という学生相手に「鉄筋工なら仕事あるけどどう?」という声掛けがどれだけ有効だろうか。食い扶持があるから、というのは職業選択の決め手にならなくなっている。

これを「雇用のミスマッチ」として一体のものとして考えているうちは解決することはできないのではないか。雇用のミスマッチという言葉からして、右の山を崩して左の谷を埋める、みたいな足し算引き算の問題と考えてる印象があるけど、そういう頭数の議論では個人の生き方・考え方をギャップを超えられなくなっている。

 

これまでは「どうやって国富を生むか(=モノを生産するか)」と「どうやって国民に食い扶持をつくるか(=仕事を与えるか)」が表裏一体だったけど、少しずつ、表と裏が剥がれてきている。

その背景にあるのは、経済のグローバル化かもしれないし、いわゆる「自分探し」かもしれない。いずれにせよ、番えられた矢が放たれないわけにはいかないように、昔を懐かしんでも詮無いことだろう。

世の中の流れを踏まえた上で、経営者側はどういう風に仕事の仕方を変えていくか。労働者側はどういう生き方で納得をするのか。なかなか難しい時代になってきたなと思う。