医療へのアクセシビリティ

愛読しているmediturのブログで小児がんの話題が出ていた。

小児がんは希少がんの1つで、専門的な治療ができる医療機関もなく、患者の負担が大きい。濃密な治療は拠点病院で行うにしても、日々の診療は日常の行動圏内でできるようにネットワーク化が必要、という指摘だ。

 

ただ、小児がんのようなレアな疾患でなくても、こういうケースは今後起こってくるだろう。

Spyros Papaspyropoulos / Foter / CC BY-NC-ND

 救急や手術などの”濃密な医療”を必要とする急性期治療ができる病院を厚労省は絞ろうとしている。将来的には車で30分、半径15kmぐらいに急性期病院は1つ、という世界になってくるだろう。

 

今は「おらっちゃのまち」には1つずつ公立の総合病院があるが、1市町村1病院という体制は医療政策的にも許容されないし、自治体財政的にも維持できない。

そうなると、例えば脳梗塞なんてかなり”メジャー”な疾患だけど、24時間365日脳梗塞の急性期治療(t-PAとか)に対応できる病院が必ずしも日常の行動範囲内にない、ということが今後起きてくるだろう。

 

とはいえ、これも半分やむを得ない部分もある。脳外科医はそもそも数が少ないし、しかも脳梗塞の急性期治療で脳神経外科が関わるのはおよそ1,2週間ぐらいのもので、あとは回復期医療であるリハビリテーションの世界。

バリバリの超急性期の病院でなもなければ仕事量ベースなら「多くて1人いればいいところ」となってしまう。

各病院に複数の脳外科医がいたとしてもまったく過剰人員になってしまうし、逆に1人だけで24時間対応なんてできるわけがない。

効率だけを考えるなら、脳外科医を1つの病院にかき集めて脳卒中治療センターみたいにしてそこにかき集めるのがよい、となる。限られたマンパワーを最大限有効に活用していこうとした場合、こういう風にならざるを得ない。

 

一方で、今まで地元の公立病院で1から10までやってもらっていた時からすると、すぐ近くに○○総合病院があるのに、15km先の○○中央病院に行かないと手術してもらえない、というのはすごく不便に思える。
不便だというぐらいならいいが、病院の分布によっては山間部や中山間地では15kmではとてもおさまらない場合がでてくる。先日、離島医療の話題が産経新聞で取り上げられていたが、こういう話が1つの地域内でも出てくる可能性が高い。

「全国津々浦々1億人がありとあらゆるところで、ご近所の病院で同じ医療を受けられます」というのはナショナルミニマムにはできない話、ということだろう。

 

ひと時、道路特定財源が問題視されていたとき、当時の宮崎県知事のそのまんま東が「この道路ができれば山間部でも30分で救急病院につけるんですよ」というようなことを言っていた。その主張に「だったら病院作ったほうが安いだろwww」というツッコミもあったけど、あの視点は今から見ればかなり先見性があったんだなと思う。

 

こう考えてみると、財政制約と需要過多の行きつく先は、基幹救急病院と高速交通網によるネットワーク化ということになるんじゃないかと考えている。

「病院を中心市街地に誘致してコンパクトシティ(ゝω・)vキャピ」なんて言ってる役所もあるが、中心市街地は救急車で行くには交通量も多いし道路も狭いわけで、どう考えても郊外の多地域からアクセシビリティのいい場所にあるほうが合理的だ。

そこに対して、新たな救急にネットワークとして高規格な道路を再整備していく、というのが1つの理想形だろう。救急車専用レーンを整備して速達性を高めるというものいいかもしれない(平時にはバス専用レーンにして公共交通に使うとか)。土木屋的には新しい商売のネタになるのではないか。

 

しかし、医療政策は都道府県の所管だし、都市開発は市町村の所管、道路交通政策は国と都道府県と市町村の所管が入り乱れている。もはや医療は医療政策だけでは解決しないし、1つの行政庁だけでも完結しなくなってきている。林立した公営の市民病院をどうするかというのも政治的にいろいろな問題を抱えている。

こういう問題に対して、全体感を持って解決していくのはかなり難しい(とはいえ、「だからしょうがない」というわけにはいかないのだが)。