読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

U-Turner's Journal @Toyama

富山にUターンしてきました。

公共事業も正便益・正採算の時代に

新国立競技場の件あり、ギリシャの件あり、地方創生の件あり、ここ最近は公共事業のありようについて自分なりに考える機会が多かった。せっかくなので、あまり整理はできていないのだけど、備忘録的にブログに書いておくことにする。長いです。

 

f:id:u-turner:20150721231718j:plain

photo credit: 1 Borneo & Sulaman Highway via photopin (license)

 

「ストック効果」と「フロー効果」

公共事業の効果は大きく分けると、「ストック効果」と「フロー効果」の2つがある。ストック効果とは、公共事業によってできたモノそのものが発揮する機能で、フロー効果とは、政府の財政出動によるカネの動きが生み出す経済波及効果のこと。

 

前者を単純な例でいうと、例えば道路ができて今まで移動に1時間かかったものが、30分になったとする。30分浮い たことでその時間を別の生産活動に使うことができ生産性が上がる。これがストック効果。


後者はというと、まさにケインズ的な話で、政府が財政出動することで景気が刺激され、波及効果がでて経済成長 に効果があるよ、という理屈。これは「穴を掘って埋めるだけでも効果がある」という説明がよくされるが、フロ ー効果だけを見ればどんな事業でも関係なくて、ストック効果は全く問題にされない。


フロー効果に対する批判

公共事業に対するよくある批判が、「乗数効果もうない」説。昔は乗数効果が4とか5とかあって、政府の投資は確かに景気を刺激していたが、今では乗数効果は1をちょっと超える程度なので、もう公共事業に意味はない、という主張だ。

 

参議院のこのレポートが詳しいが、確かに政府の乗数効果の推計を見ても、50年前に比べて乗数効果は小さくなっている。ただ、これはモデルが変わって値が小さく出るようになったという側面もあって、本当に乗数効果が下がったのかについては正直よくわからない。

 

ただ、感覚的な話で恐縮だけど、オジサンたちがツルハシもってトンネル掘ってた時代ならいざ知らず、今は合理化・機械化が進んできているわけで、半世紀前と同じように政府がお金を使ったからといって、同じ経済波及効果があるかというと、そうはなんねーんじゃねーの?という気はする。

 

昔は山奥で道路工事すれば当然現場までアクセスする道もなければ交通手段もなかったので、工事関係者ムラみたいなのができて、弁当屋ができて、・・・みたいなのがあったかもしれない。ただ、今の公共事業って既存の道路の改築だったり、細い現道の隣に高規格な高速道路をつくる、みたいな話が中心。街からでも車で通勤できるし、現場の近くにコンビニもある。一昔前に比べれば直接的な受益者は間違いなく減っているはず。


現在の事業評価の本流はストック効果

そんなわけで、現在の公共事業の事業評価はフロー効果でなく、ストック効果の費用便益分析で評価するのが主流だ。もはやフロー効果で公共事業の効果を語るなんてのはアホのすることで、それは事業そのものに価値がないと自分で言っているに等しい。*1

 

費用便益分析とは、一般的にはB/Cという指標で評価される。施設の供用開始から一定期間(50年間が多い)に発生する事業便益Bを、建設費だけでなく維持費も含めた総費用Cで除してB/C>1となるかを見るものだ。要は「メリットがコストを上回ったら事業やる意味あるよね!」という考え方。

 

便益計測範囲の技術的な限界や予測の不確実性など、費用便益分析にまったく課題がないというわけではないが、 昨今の公共事業不要論の中で、便益のもとになる需要の評価はかなり厳しく算定する流れにある。よく「これから 人口が減るのに(道路・ダム・鉄道)をつくっても無駄」という批判があるが、当然ながら人口減も織り込んだうえでB/Cを計算している。

 

さらに言えば、B/Cを計算する上では50年後の便益と今日の費用を比較しないといけないので、現在価値化して評価することになるが、この現在価値化の割引率はなぜか4%を使うことが通例になっている。今の国債金利を考えればべらぼうに高い資本コストを想定しているわけで、仮にこれを2%とか1%とかで評価すれば、例えばB/C<1の落第事業でも1を超えたりする可能性はある。

 

元関係者なので、若干バイアスかかってる可能性は否定できないが、少なくとも土木関係の公共事業は、世の中の批判に対してある程度は真摯に耳を傾けてきた歴史があり、客観的にも効果を示せる事業をやってきたはず。

 

正便益・不採算の事業

正便益・不採算という言葉がある。

 

社会全体にとってはメリットがあるが、事業として収支があわない、という意味で、公共事業の正当性をストック効果に着目して説明するものだ。

 

例えば、新幹線。

 

整備新幹線は公共事業として建設され、国(正確には独法)がJRに貸し付けている。JRは公共事業でできた資産を独占的に借り受けて事業を行うが、新幹線の運行によって得られる利益相当額を新幹線施設の貸付料として国に収めることになっており、「JRは得もしないが損もしない」という事業スキームになっている。

 

そうなると、最初からJRが作ればいいじゃん、となるのだが、支払われている貸付料(≒事業の利益)は、30年間の累積額で建設費に対して大体半分ぐらいしかなく、投資回収が困難な事業だ。*2

 

それでも、この事業を公共事業で行うのはなぜか?それは、鉄道事業者の事業収入には反映されないが、利用者は新幹線を利 用することでこれまでよりも移動時間が短縮される、飛行機や自動車から鉄道にシフトすることでCO2やNOxの排出量が減る、といった事業収益の外側の外部経済も貨幣換算してトータルで考えると、総費用を上回るため。さっきの話だとB/C>1となったということだ。

 

「正便益・不採算」から「正便益・正採算」の時代に

ただ、日本の財政事ここに至ってみると「B/C>1だからやっていいでしょ?」という理屈もだんだん苦しくなってきているのではないかと思う。

 

確かに事業の意義はB/Cで説明できるかもしれないが、今の日本国が置かれた状況を鑑みるに、いつまで「事業収益にならないが、社会全体にとってメリットがある」という理屈で事業を正当化し続けることができるかのか。言い換えれば、「日本に不採算事業をどこまで抱え込む余力があるのか」ということ。


財政的にまだ余裕があるうちは税の還元という意味でも「正便益・不採算」はまだ是認されたが、莫大な債務をこれから減らしていかないとなったときに「社会全体のメリット」がどこまで許容されるか。

 

大炎上した新国立競技場の例を挙げれば(あれは費用便益分析なんかやってないだろうけど)、コンサートホールに使用できるように開閉式屋根を採用しようとした結果、クソほどコストが跳ね上がってしまった。JSCの目論見では、コンサートに使用してもらって会場使用料が入ってくれば日々の維持費用を賄える、という目算があったらしいが、高々3億円の黒字を出すために1000億円の投資をしようというのだから、批判されてもしょうがないだろう(投資回収に300年かかる)。


これからの公共事業は「不採算だけど正便益さえあれば関係ないよねっ」なんてライトノベルみたいなことは言ってられなくなるだろう。

 

「正便益・不採算」(世の中の役に立つから不採算でもいい)から「正便益・正採算」(世の中の役に立ち、かつ、投資回収もできる)へと、さらに厳しい要請に立ち向かわないといけなくなる

 

事業収入を上げてランニングコストを賄えられるかのか。その事業が地域に好影響を与えて固定資産税の増収につなげられるのか。公共事業にも投資回収が求められる時代がもうすぐ近くまで来ている。

*1:たまにフロー効果で公共事業を擁護する人がいるが、前述の乗数効果の神学論争に巻き込まれる上、「ダムつくるのも穴掘って埋めるのも同じ」となりかねず、事業の本来の意義が伝わらなくなるので本当にやめてほしい。

*2:それでも60年かければ投資回収できるのだが、金利負担も考えれば、いち民間企業にはとても負いきれないリスクなのは間違いない