高岡市からオタヤ開発への金の流れについて

高岡市の第3セクターのオタヤ開発が債務超過になり、過去のオーバーナイトや金の流れのことも含めにわかに話題になっている。

 

本件、分解すると高岡市とオタヤ開発(以下、「オ社」という。)の間での金のやり取りに関する3つの出来事がある。

①高岡市からオ社に長年の間、オーバーナイトが行われていた(~19年度)
②オ社が高岡市に売却した商業床の譲渡金(約10億円)を原資に金融機関からの借入金の償還が行われたのではないか(19年度)
③2020年度にオーバーナイトから長期貸し付けに切り替えた(約5億円)が、高岡市からの長期貸付金が短期借入金の償還に使われたのではないか(20年度)

富山・高岡市が会計操作 三セクへ「一夜貸し」繰り返す:朝日新聞デジタル

三セク借金減 市資金で返済か 富山・高岡のオタヤ開発:朝日新聞デジタル

オタヤ開発 債務超過 百貨店撤退後に特別損失 富山:朝日新聞デジタル

 

①については、オーバーナイト貸付は自治体の健全化判断比率に捕捉されないため、反復・継続的なオーバーナイトが横行すると健全化判断比率が適正に機能しなくなることから、総務省は実態に則した財政運営が行われるよう、長期貸付等への手法の切り替えを促してきた経緯がある。

オーバーナイト自体は違法な手続きではないものの、自治体が貸し倒れリスクを負っているのを見えなくしているわけで、近年の高岡市の置かれた財政状況を鑑みれば、あまり褒められた手法ではないと思う。

 

②については、高岡大和撤退後、高岡市が御旅屋セリオに公共施設を移転させるのに、賃料を払ってテナントとして入るのではなく床の買取という方法を取った。このスキームは当時も違和感があったが、債権者との関係で債務の整理をするのにまとまった資金が必要だったのかもしれない。高岡大和閉店でキーテナントを失ったオ社は、事実上事業継続に疑義が出てきたわけで、金融機関が貸付の返済を求めてきたとしても無理からぬことだろう。

③については、②と同様、おそらく市中金融機関はオ社にこれ以上の貸付をしてくれないだろうから、借り換えでキャッシュを確保するのは難しかったのだろうと思う。また、債務超過に関して「債務不履行にはなってない」と強弁しているが、高岡市の長期貸付がなかったら債務不履行になっていたのではないか。

ただ、②も③も見方によっては金融機関の救済という面で巨額のキャッシュが高岡市から投下されているように見えるので、事業者の経営責任や金融機関の貸し手責任の議論がないのも多少の違和感がある。

 

いずれについても、既に市議会で予算が議決された上で民主的統制のもとで行われているものなので是非は言うに及ばないが、来月の高岡市長選・高岡市議会選への影響は気になるところ。

2021年4月富山市長選挙・富山市議会選挙を振り返る

去る2021年4月18日に富山市長選と富山市議会議員選の同時選挙が行われた。

市長選では旧婦中町を地盤にする藤井裕久候補が当選したことに注目が集まっているが、市議会議員選挙も含めて、結果を振り返りたい。

2021年4月改選を振り返る

棄権者数の推移を見ると、今回も有権者約34万人のうち約18万人が選挙権を行使しない選択をしている。前回と比較して投票者数は400名ほど減少しているが、少子高齢化の影響か、有権者総数も約1,800名減っているため、結果的に投票率は前回比微増の48%との結果になった。

f:id:u-turner:20210420123834p:plain 続きを読む

べき論のトートロジーから抜け出して現実的な解決策を探そう

年内に富山市長選と高岡市長選が行われることもあり、「まちづくり」や「公共交通」などが話題に上がることが増えてきた気がします。

 

  SNSをみると、みんな「まちづくり」や「公共交通」が大好きなのがよくわかるのですが、一方で、実際にバスに乗って中心市街地で買い物してるかっていうとそんなことはなくて、だいたい車でファボーレかイオンに行ってるのが実態だと思います。

 

この手の都市政策談義、「中心市街地を活性化するべき」「公共交通を残すべき」などのべき論が先行しがちですが、そもそも問題設定が適切にできていないのではないかと感じています。

 

無限に補助金をぶっこみ続ければ先述の”べき論”を実現することはできると思いますが、当然ながら無限に公費を投入するこはできない。まして、これから人口が減って後期高齢者が増えていくと、どうしたって地域の消費は減退していくわけですから、「ビジネスベースで”まち”や”公共交通”を持続可能なものにするには何ができるか」を議論の出発点にしないといけないんじゃないでしょうか。 

 

「鉄道は残すべき」という結論を出発点にするのではなく「鉄道を残すにはどれだけに人に乗ってもらうか」を考えた方がいいし、「中心市街地を活性化しなければならない」ではなく、「営業店舗を〇軒以上にする」という問い立てをする方が建設的な議論ができると思います。その上で、目標を達成するためには行政はどんな支援をするのがいいかを考える、という順番。

 

一昨年に話題になった公立424病院の見直しの話も同じで、「地域に必要な病院だから残すべき」というのは議論としてはシンプルで共感を得やすいかもしれないですが、あそこに出てくるような病院の中には、これから人口が減っていくと「患者が集まらない」とか「スタッフが確保できない」とか、マーケットメカニズムで崩壊する可能性のあるものも多いと思います。

 

だから、今するべきことは、「必要なものは必要」というトートロジーで議論を打ち切るのではなく、「地域に必要な病院だからどうやって維持するか」を考えることです。

 

その結果として「他の事業を抑制してでも維持のため病院会計にお金を繰り入れるべき」となってもいいし、「ダウンサイジングして持続できる部分だけ維持しましょう」でもいいし、「単独で今のままでいるよりも、統合・再編した方が現実的」となってもいい。

 

財政制約やマンパワーの制約が見えてきた今、「べき論」のトートロジーから抜け出して現実的な解決策を探さなくてはいけない時期に来ていると感じています。