八ッ場ダムを安易に”物語”化するのはやめよう

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2019年の台風19号は豪雨、暴風、高潮等、様々な要素が短期間に来襲し、しかも東海~関東~東北と広範囲にわたって被害をもたらした。

特に被害が大きかったのは洪水で、47河川で堤防決壊、決壊には至らなかったものの堤防を越えて水があふれだす「越水」は181河川で発生した。

昨年の西日本豪雨に続く広範囲な水害で、今後の地球温暖化も考えれば、ソフト・ハード両面での備えがいかに重要か、改めて痛感させられる事態となった。

”物語”化する八ッ場ダム

そんななか、利根川水系吾妻川の建設中の八ッ場ダムがSNS上で注目を集めている。

台風19号が上陸する直前の今年10月1日から試験湛水(実際にダムに水をためて安全性等を確認する作業)を開始しており、台風でダムに流れ込んだ水の大部分を貯留したからだ。

八ッ場ダムといえば、民主党政権が中止をマニフェストに掲げ、2009年の政権交代に伴って急遽中止となり、一時は「脱ダム」の象徴的な存在になった(その後、2011年に洪水調節・利水等について検証を行い、代替策と比較しても優位であることから事業は再開された)。

過去の混乱した展開や、隣接する多摩川水系をはじめとした全国的な被害の状況もあって、試験湛水の中で一夜にして大量の水を貯め込んだ八ッ場ダムに注目が集まり、称賛の投稿が拡散している。 

一般論として、日頃の成果がなかなか実感されにくく、環境破壊や無駄な公共事業とのそしりを受けやすいダム事業が、災害をきっかけとして関心を集めるのは悪いことではないと思う。

一方で、以下の糸井重里氏のツイートにみられるように、八ッ場ダムを単純な「物語」にしてしまう雰囲気があるのは、危険なことではないかと感じている。

 

八ッ場ダムの評価は検証を待つべき

一晩で水深54mまで湛水したことを以て、八ッ場ダムの効果を云々する意見が散見されるが、ダムが洪水に効いたかどうかを確認するは、with-without(ダムがあった場合ともしなかった場合)の事後的なシミュレーションが必要だ。ダムの洪水調節効果は流域内での雨の降り方によるので、貯水量等のダムのスペックだけでは効果を議論することはできないからだ。

ダムの計画は過去の降雨パターンから一定の仮定を置いて計算しているので、想定とちがえば効く・効かないが出てくる。 支線の流域や降雨パターン、流出時間等、様々な要素が総合的に関わり合う。

仮にダムで容量目いっぱい貯めこんだとしても、河道の流量ピークとダムサイトでのピークカットのタイミングが合わなかったら洪水調節効果は限定的だし、逆に、カットした量は少なくとも、タイミングが合えば効果は絶大となる場合もある。

現に関東地方整備局の発表でも

総貯留量約7,500万立方メートル、最大流入量約2,500立方メートル/秒を貯め込み、ダムの貯水池は518.8メートルから573.2メートルまで、約54メートル水位が上昇しました

と貯留した事実は発表しているものの、今回の豪雨に対する洪水調節効果には言及していない

 

インフラを単純な”物語”に押し込めてはいけない

政争の具となったインフラが、災害の直前に完成し、人命を救った

わかりやすく、感動的な”物語”だと思うが、検証もなくこのような物語が先行することに、若干の不安を覚える。

なぜかというと、インフラ整備はこの20〜30年間、

  • 公共事業は手付かずの自然を破壊する
  • ダムに頼らない治水はできる
  • 人口が減るから高速道路つくっても誰も使わない etc...

といった、イメージ先行の”逆風の物語”に負け続けてきたからだ。 

インフラ整備はそういう中で、説明責任を果たしつつ事業継続するために、費用便益分析をはじめとした客観的な事業評価の努力を続けてきた。そもそも八ッ場ダムの事業継続も、技術的な妥当性を積み上げて辿り着いた結論だ。

多少の順風が吹いたからと言って、そのスタンスを崩してはいけない。技術で出来上がったものの評価は、第一には技術で行うべきだ。安易な"物語"に評価を依存してしまうと、その基盤が崩れた時に新たな逆風になりかねない。

 

様々な経緯で冷遇されてきた八ッ場ダムとその工事に関わった人たちが注目されるのは悪いことではないと思うが、まずは関東地方整備局による客観的な検証の結果を待ちたい。